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藤本智子さん ~インタビュー~

藤本智子さん

株式会社ミソド代表取締役 ミソガール第一号 http://misodo.co.jp/

頭にはお椀、肩には「みそまる」君をのせ、羽織に帯を前に締め、ブーツ姿のミソガールさんは、テレビ等でもよく紹介されています。きっとその一風変わったお姿をご覧になった方も多いかと思います。ミソガールさんが一躍有名になったのは朝日新聞の天声人語に活動が掲載されたことがきっかけでした。もっと味噌汁を飲んで欲しい…と考案された「みそまる」が、ミラノの食博、伊勢志摩サミット等でお振る舞いとなり、テレビや雑誌で取り上げられ、今やすっかり味噌の広報大使として活躍されています。学校を出てアパレル会社に勤めていた若いお嬢さんが、なぜ「ミソガール」になったのでしょうか? また、数ある食品の中でなぜ味噌に行きついたのでしょうか? 今回は味噌の魅力発信に人生をかけたミソガールさんの誕生の秘話と味噌パワーによる美肌の秘訣、さらには彼女の描く味噌の可能性と夢について、お話をお聞きしたいと思います。

 

勤めていた時は、不摂生な生活をしていました

元々、肌は強いほうではありませんでした。子供の頃は少しアトピー体質でしたが、小学校、中学校と進むにつれて徐々にアトピーは治り、高校生になる頃には、ほとんど気にならないようになりました。高校時代にはお化粧を始めましたが、その頃は全くと言っていいほど肌の健康については考えていませんでした。

学校を卒業して社会人になると、家を出て一人住まいを始めました。炊飯器はないし、台所はほとんど使わないひどい食生活でした。アパレルの会社に勤めたのですが、店頭でお客さんに見られる仕事でしたので、スリムで洋服が似合うスタイルになりたいと、無理なダイエットにも挑戦しました。あの頃はパイナップルやバナナのダイエット等、単品を食べて痩せるダイエットが流行っており、巷に氾濫していた根拠のない間違った情報を鵜呑みにして、最後はアイスクリームばかり食べるアイスクリームダイエットまでしました。

無理なダイエットを繰り返すことが、体に良い訳がありません。最初は若さの勢いでなんとかもっていましたが、だんだんと体調がすぐれなくなり、いつもすぐれない状態が当たり前になりました。疲れやすく、疲れがなかなか回復しませんでした。さらには貧血で立ちくらみまで…お話していても恐ろしい健康状態でしたね。不摂生を続けていると、ついに肌も悲鳴をあげ、荒れて湿疹が出はじめました。皮膚科の病院に行くと塗り薬を処方されるのですが、塗ると一旦は治ります。でも、しばらくするとまた湿疹が出だし、それがストレスになり、また薬に頼ると…悪循環を繰り返しました。そんな状態が数ヶ月程続きました。きれいな肌になりたいと、藁をもすがるつもりで、様々な薬、湿布等、試しましたが、効く術なく…途方にくれて家族に相談しました。

 

肌は食べたもので作られることに気づきました

 

女性にとって肌の悩みは一番大きな悩み…と言っても過言ではありません。母も妹も肌に悩む私を気遣ってくれ、荒れた肌に刺激は良くないと、肌に優しい成分で化粧品を手作りする方法を教えてくれたりしました。特に妹は私に、薬に頼る等、余計なことはせず、時間はかかっても、肌の湿疹が自然に治るのを待つことを勧めてくれました。生まれたばかりの赤ちゃんの肌は本当にきれいです。同じように私達もきれいな肌を持って生まれてきたのに、なぜにひどい肌荒れになるのか?考えた末に、肌そして体は食べた物で作られていることに気づきました。今、思えばあまりにも当たり前のことですが、その時の私には目から鱗が落ちたような大きな発見でした。

そこで一気奮発…生活改善に取り組みました。肌も体も何年もの食生活の積み重ねです。10代の後半からひどい生活をしていた私が、一夜にして治る訳がありません。治ったかと思えば、また湿疹が出て、治る→出る、の繰り返しが3年程続きました。そしてようやく元の肌に回復した時、自分のような経験や悩みを持つ女性は多くいると感じ、何か体に良いことを伝える仕事がしたいと思い…勤めていた会社を辞めました。

 

ついに運命の「味噌」と出会いました

 私の母は、「お母さん業界新聞」という、子育てをするお母さんを応援する新聞の出版や、「お母さん大学」というお母さん方対象の講演会を開く等、ずっと母と子に係わる仕事をしています。母の縁もあって「味噌力」を書かれた渡邊先生と知り合いました。先生は日本の伝統調味料の味噌が、いかに優れた食品であるかを研究されていますが、一方で味噌の消費が少なくなる現状に、せっかくの味噌の効用を多くの、それも子育てをするお母さん達に知ってもらいたいと望んでおられました。

丁度、先生のご本のターゲットが、母が仕事で携わるお母さん達だったこともあり、ご本の出版に際し、お母さん方が興味を持つにはどのようにすれば良いか?と、少しアドバイスをさせていただく機会があったのです。その席にご一緒させてもらった私は、先生を通じて味噌のパワーを知ることになります。それこそが運命の出会いでした!

まずは味噌の凄さを自分で体験すべく、毎日、みそ汁を飲み始めました。始めてみると、みるみる体調が改善されました。もちろん肌荒れは治り、気がつくと風邪もひかなくなり、便秘もなくなり、嘘のように良いことずくめでした!ノロウィルスやインフルエンザ等の感染症にも、不思議にかからなくなり、ついには肌のくすみが消え、ワントーン明るい肌になっていました。こんな素晴らしい味噌を、同世代の方や若い方に伝えたい!その思いが沸々と湧いてきました。お味噌の発酵のようなものかな(笑)。

 

そして「ミソガール」になりました

 

味噌の魅力にとりつかれた私は、もっと味噌について知りたいと、大学の講座を受講し、片っぱしから味噌に関する本を読み、勉強に明け暮れました。学校に行っている時はあまり勉強しなかった自分が、興味を持って学ぶと、ここまでパワーが出るとは正直、驚きでした。肌にも体にも良い味噌を、多くの若者に知ってもらうため、味噌の魅力を伝える仕事は出来ないか…と思いました。ですが思っているだけでは味噌の魅力は伝えられません。私の熱い思いを発信する何らかの手段が必要でした。そして行きついた答えが「ミソガール」です。

365日味噌活宣言をした私は、ミソガールを名乗り、味噌の勉強と並行して味噌の魅力の発信を、まずはブログから始めました。必死な思いは自ずと伝わるもので、自然と味噌に係わる方々から応援をいただくようになってきました。ミソガールが最初に公の場で今の格好でデビューしたのは、神州一味噌さんにご協賛いただいた「二十祭」です。初代ミソガール5人がステージに立たせていただきました。この活動が反響を呼び、メディアにも取り上げられ、味噌業界の方からもミソガールの存在を知ってもらうようになりました。

それからは味噌の魅力を発信するミソガールとして、アチコチからイベントや展示会等のお呼びがかかったら東奔西走しました。予算が少なく手弁当の場合も多くありましたが、それでも、まずは自分達の存在と活動を知っていただくことを第一と考え頑張りました。私はミソガール第一号として専任で仕事をしていますが、私の思いに共感して味噌活をしたい女の子が各地で名乗りをあげ、今は全国でミソガールは30人います。ちなみに…ミソガールが子供を産むとミソマザーになりますが、ミソマザーは50人にもなりました。

 

そしてJAPAN MISO PRESSを発行しました

 ミソガールとして活動を始めてから3年程たって、味噌に特化した情報紙JAPAN MISO PRESSを発行することにしました。今まで自分が培った味噌の情報をちゃんとカタチとして残すためにも紙媒体は必須と考えたからです。当初は味噌だけの情報紙なんて、すぐに話題が尽きる…と言われましたが、今年で4年目を迎えて尚、取材した情報のストックは貯まるばかりで、まだまだ皆様方にお伝えできていないことが多いのが現状です。新聞の発行により、味噌関係会社様だけでなく、衣食住の生活にこだわりを持っていらっしゃる会社様とも繋がることができました。衣食住は生活の基本でその根底にあるのは「健康」です。健やかに生きることの大切さを私は味噌を通じて発信していますが、他のキーワードで発信されている方も大勢いらっしゃることを知りました。そして、そのような方々との出会いで新しく学ぶことも増えました。

 

そして「みそまる」が誕生しました

 味噌を知ってもらうため、みそ汁を飲みましょう!と発信するだけでは、なかなか若者に広がらないと感じ、より味噌に親しんでいただくために私なりに考えたのが「みそまる」です。戦国時代の武士が兵糧として持ち歩いた「味噌玉」がヒントになりました。味噌と粉末出汁と乾燥具材を混ぜ合わせ、まるめるだけの簡単な即席みそ汁ですが、覚えやすいネーミングもあり、お陰様でドンドンと広がりました。一見、トリュフのチョコとも見える外観から、バレンタインの贈り物に…と、テレビでも何度か紹介していただきました。

2015年にはミラノ国際博覧会の日本館で、みそまるのデモンストレーションとお振る舞いをするまでになりました。ついにミソガールの海外デビューです。続く2016年は伊勢志摩サミットで、各国の記者の方が集まるプレスセンターで、みそまるでのおもてなしを仰せつかり、こちらも大変、好評でした。そして今年は私の地元の横浜で開催されたアジア開発銀行年次総会で、横浜のホテルやレストラン等、有名シェフの皆様と一緒に横浜みそまるを開発して、おもてなしをしました。

このような活動が認められ、有難いことに2015年には東久邇宮文化褒賞までいただきました。

 

「みそまる」のこれから

今や日本の各地でみそまるのイベントが多く実施されるようになりました。累計で多分、15万人にみそまるをお振る舞いしたと思います。レシピ本も何冊も出版され「みそまる」が少しずつ認知されだしました。目標は全国の地元の味噌でご当地みそまるを開発することです。味噌は元々、手前味噌の言葉もあるように古くは各家庭で作っていたものでした。それが各地の味噌蔵で造られた味噌を地元の人が食するようになってきました。つまり地場産業なのです。種類は大きく麦味噌、米味噌、豆味噌と分けられますが、地方により原材料の比率も塩度も違います。その土地にはその土地の風土にあった味噌があるのです。その味噌を用いて、同じ土地の特産物を具材にしたみそまるを作りたいと思っています。間もなく商品もできます。まだ販売までにはハードルがあると思いますが、一つ一つ越えていけばきっと実現すると信じています。

 

美肌の秘訣は言うまでもありません!

今はお陰様で仕事もたくさんいただき本当に忙しい日々を過ごしています。イベントや取材で全国を飛び回っていますし、他にも専門学校の講師として味噌の講座もさせていただいています。それでも以前のような肌荒れは全くなくなりました。

美肌の秘訣はすばり「味噌」です(笑) 。美肌には食生活と睡眠が大切と言われますが、忙しくて充分に睡眠がとれない時でも、お味噌を食べていれば大丈夫!私の3食に味噌が無いことはありません。また会社の冷蔵庫は全国の味噌で溢れ、ついに保存用に新しくもう一台、購入しました。どんなに疲れても味噌さえあれば大丈夫です。

私をこんなに元気にしてくれた味噌との出会いに感謝して、その魅力を日本だけでなく世界に発信し続けたいです。