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カラダと酸素

<酸素がもたらす身体に大切な「ゆとり」とは?!>

酸素が身体に必要であることを疑う人は、まずいないと思います。そもそも、ヒトは酸素が無ければ生きていくことができません。
では、その酸素は多い方が良いのか、少ない方が良いのか、そのことについては統一的な見解は今のところ絶対的なものはないと思います。

 

 

そこでまず、「身体にとって酸素は必要である」ことが前提であることを、改めて考えてみたいと思います。
ここでいう「身体」とは、生存状態を指すものでもあります。ヒトは呼吸をし、空気を肺に吸い込み、肺胞と呼ばれる肺内の小さな部屋と、人体の血管の中で最も細く「毛細血管」と呼ばれる血管とを介して、酸素と二酸化炭素の交換が行われます。ここで、肺に吸い込まれた空気の21%が酸素であり、更にそこから何割かが血液中に取り込まれることとなります。ここでのポイントは空気中の酸素が全て血液中に取り込まれるわけではない、ということです。
次に、この血液中に取り込まれた酸素は、身体に必要な分量と、幾らかの「ゆとり」の分量があると考えることが可能です。そのことは、血液中に酸素が取り込まれにくくなる病気の代表と言える、慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic Obstractive Pulumonary Disease)の患者さん達を例に取るとわかります。

 

 

COPDの患者さん達の中には、例えば駅まで10分、平地を歩くような動作でも「息切れ」を起こされる方がおられます。息切れは、酸素が足りないときに起こりますので、中には酸素ボンベを常時使用されている患者さんもおられます。逆に、COPDでない健常人の場合は、駅まで平地を10分歩いた程度で息切れを感じることは、ほぼないと思われます。それは、10分歩くのに必要な酸素に加え、幾らかの酸素の「ゆとり」が血液中にあるからに他ならないからです。この「ゆとり」とは、身体にとっての絶対必要量に加えての「ゆとり」として位置付けられるでしょう。

 

ではここで、生存していくために絶対必要な状態を「身体」として考え、「ゆとり」がある状態を「カラダ」と表現して考えてみたいと思います。ここでもう、身体とカラダの差、つまり「ゆとり」が、健康な状態だと案外多く存在していることに気がつかれる方も多いのではないでしょうか。
例えば、ヒトの動作だと、「走る」、「泳ぐ」、といった日常より早い動き、あるいは、「重い物を持つ」、「子供をおんぶする」といった負荷のかかる動きは、全てこの「ゆとり」が存在するからこそ、できることであると理解可能です。

 

 

また、気がつかれた方もおられると思いますが、「老化」は「ゆとり」を少なくすることに他なりません。この「ゆとり」の減少は、カラダの様々な箇所に出現します。
代表的な例としては、筋肉が挙げられます。人は、筋肉量が減ると、当然ですが、筋力が低下します。このことは、老化によって筋肉量が減少することとして、一般には説明されますが、仮に30歳の時と50歳の時の体重が同じでも、50歳になった時の方が動作のスピードが鈍るのは、筋肉の「ゆとり」がなくなったから、という説明も可能です。また、筋肉量が減少すると、筋肉を動かすために必要な酸素の量も減少しますので、カラダとして必要な酸素量も減少することが理解可能です。

 

 

<酸素増加の過程と生体内での酸素の役割とは?!>

次に、酸素の生体内での役割について考えてみましょう。様々な書籍などで書かれている内容として、地球と生物の進化の過程で、もともと地球上には二酸化炭素が多く、酸素が少なかったことが知られています。その頃の生物は「単細胞生物」と呼ばれる、構造的にも単純なもので、酸素が少ない、あるいは全くなくても生存出来たようです。
ただ、生物進化の過程で「葉緑素」を持った生物が登場し、中学校の理科でも習う「光合成」が始まりました。光合成は、二酸化炭素を原料として、酸素と水を産生します。これによって、地球上の空気の酸素濃度が、現在の状態に至ったと考えられています。なお、光合成とは、以下に示すような化学反応になります。

 

6CO2 + 6H2O + 光 → C6H12O6 + 6O2 (C6H12O6はデンプン)

 

 

また、単細胞生物以上に進化した、多細胞生物は、単細胞生物に比べて多くの酸素を必要とするため、光合成によって産生された酸素が増加することはその生育環境を好条件にした、と言い換えることも出来るでしょう。なお、この変化は、核を持つ生物の化石などの分析によれば、約20億年前から5億年前にかけて起きたと言われています(参考ページもご参照下さい)。さらに、本文の参考としたページには以下のように、述べられています。

 

「実は、大気中の酸素濃度は、酸素を発生する生命の活動だけでは決まらない。大気や海洋に放出された酸素を消費する、還元的な物質(二価鉄やメタンなど)の供給とのバランスが肝心なのである。収入が同じでも支出が異なれば、毎月溜まる貯金額が異なるのと同じ理屈である。さらに、多くの研究者は、生成される酸素量と消費される酸素量がバランスしていても、異なる大気酸素濃度を取りうるのではないかとも考えている。たとえると、同じ収入の2人が、一方が燃費はよいが広い家に住み、もう一方が燃費は悪いが狭い家に住み、どちらも同じ支出になっているような状態である。両者の収入と支出は全く同じでも、見かけ上異なる状態を取っているのである。」

 

すなわち、このことは生物の種類、ひいては生物を構成する臓器・器官、さらには細胞の種類によって、そのバランスが異なることを示唆していると捉えることが出来ます。

 

つまり、ここで述べられている酸素の「収支」は、臓器・器官、細胞の種類で異なる可能性が高いということになります。また、臓器で考えれば、内臓とそれ以外では、空気をはじめとする外的環境との接触状況も異なるため、「環境との接点」という観点から捉えることも重要なことになりそうに思われます。

 

また、このような酸素は生体内で利用され、エネルギーを産生します。その器官が「ミトコンドリア」と呼ばれる器官です。一般に、酸素を使う呼吸を「好気呼吸」、使わない呼吸を「嫌気呼吸」と呼びますが、好気呼吸の方がはるかに効率的にエネルギーを得られます。エネルギーはATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれる物質として得られ、栄養素の代表とも言えるグルコースからは、嫌気性分解では、グルコース1分子からATP2分子しか得られないのに対して、ミトコンドリアでの好気性分解では、グルコース1分子から38分子のATPが得られます。このように、酸素を利用することが、進化した生体においては効率的であり、かつ重要なこととなってきたということも、進化の経緯と考えられます。

 

<酸素の最適量とは?!>

それでは、酸素は多ければ多いほど良いものなのでしょうか?極端に多い場合には、毒性を発現することが知られています。厚生労働省が公開している安全データシートを参照しても、2~3気圧の高気圧酸素は細胞代謝を障害し前胸部の不快感や嘔気、めまいや視野狭窄を起こす可能性があるとされています。酸素の圧を上げることで、細胞への移行が高まるためであるとされます。
また、気中濃度が50%に達する高濃度酸素は、肺の最小単位である、肺胞が障害され、呼吸不全に陥る場合もあるとされます。

 

個々の細胞にとって、酸素が毒性を示す理由の一つとして、取り込まれた酸素の約2%が、活性酸素種(ROS:Reactive Oxigen Speicies)になることが挙げられます。活性酸素種は、ヒドロキシラジカルや過酸化水素など、いくつかの物質の総称ですが、共通の性質として、その分子構造に酸素が含まれており、体内の細菌などを殺す作用がある一方で、脳卒中や心筋梗塞、慢性関節リウマチなどの疾患は、生体が有する元来のROSに対する防御力以上のROSが加わった状態で起こりえるという学説もあります。

 

つまり、ここで示唆されることは、ある程度のROSは生体に有用であり、過剰なROSは生体に害になるのではないか、ということです。
また、通常、私たちが吸っている空気中の酸素は、1気圧、20.9%ですから、このような場合に述べらている酸素の圧や濃度は、数倍高い状態であることを念頭に置くべき話題であることも確かです。

では、酸素は少なければ良いのでしょうか?マラソンのトレーニング法として知られている、高地トレーニングは、酸素濃度が低い場所でトレーニングを行うことで、酸素を運搬するために使われるヘモグロビン(Hb)が、それを補完すべく増加する機序に着目し、通常酸素濃度の下で行われる大会時に体内の酸素運搬能を高める目的で行われるため、一見すると悪いイメージは持てません。
しかし、現実的には、これは「僅かな」低酸素であるため、問題がないだけで、先程述べた高圧あるいは高濃度の酸素と同様に、低圧あるいは低濃度の酸素となれば、頻脈、チアノーゼ、見当識障害などが起きます。

 

実は、体内に取り込まれた酸素の20%は脳で使用されるため、極端な低圧あるいは低濃度の酸素であれば影響は、まず脳に及びます。見当識障害や意識消失は、まさに脳の活動が落ちた状態、と言っても過言ではありません。基礎医学的な知見を参照する限り、日常的に酸素が少ないことが良いことを示す知見は「高地トレーニング」以外には殆ど見当たらないことも事実です。

 

以上から理解できることは、濃度あるいは気圧の面でも、酸素は低過ぎても高過ぎても良くない、ということです。僅かな違いについては、僅かに低い酸素濃度はヘモグロビンを増やし、その後通常濃度の下での運動能力の向上をもたらしますが、他には知見があまりなく、僅かに多い酸素濃度については、生体がある程度ROSに対する防御能を有している点から、何らかの有効性があるものと考えられます。

 

<酸素のもたらす「ゆとり」の重要性とは?!>

このように、酸素と細胞の関係を捉えてみると、様々な細胞の集まりである臓器、臓器の集まりである生体にとって、冒頭で述べた、必要量以上の酸素の「ゆとり」が重要であることがイメージできると思います。

 

この「ゆとり」が身体を、より様々な活動に適した「カラダ」の状態へと変えるものであろうことも、同様にイメージできます。そして、先に述べた、COPDや筋肉の場合など、何の「ゆとり」が大切であるかは、細胞や臓器の種類によって異なる可能性はありますが、こと酸素に関しては、僅かに多いくらいの状態が良いであろう場合が多いことも、イメージして頂けるかと思います。

特にCOPDによって、体内が長期に低酸素状態にさらされた場合には、外見的な皮膚の老化や、心臓機能の低下が進行することが知られています。したがって、長期的に考えた場合には、より一層、酸素の「ゆとり」が大切になるであろうと考えられるのです。


参考:文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型 平成23年度~27年度)太陽系外惑星の新機軸:地球型惑星へ研究者コラム
http://exoplanets.astron.s.u-tokyo.ac.jp/jpn/column/index.html

厚生労働省安全データシート(酸素)
http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7782-44-7.html


著者:
大阪産業大学 横井豊彦教授

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