多汗症について
夏になり汗をかくことが多くなったと思います。
皆様は「多汗症」という言葉をご存知ですか?お聞きになったことはあるかもしれませんが、どのような症状なのか?はっきりとお分かりの方は少ないかもしれませんね。また、多汗症が果たして病気と言えるのか…もし病気だとしたらどちらに治療に行けばよいのか…その辺りのことは、かなり曖昧かとお察しします。
実は多汗症の治療は皮膚科の範疇に入ります。今回は多汗症の症状について知っていただくと当時に、治療の方法についてお話したいと思います。
■多汗症とは
多汗症とは読んで字のごとく、異常に多い量の汗をかく状態を指します。もちろん暑い季節や運動時に汗をかくことは生理的な反応ですが、多汗症になると生理的反応の範囲を越えて、大量に汗をかくようになります。気温や運動的要因が無い状態でも手のひらや腋、中には全身に汗をかく人もいます。汗の量が多いため、日常生活に支障が出たり、精神的な負担につながることも少なくありません。原因不明の大量の汗は、ひょっとして何かの病気が潜んでいるサインの場合もありますので、原因を正確に判断して適切な処置を取る必要があります。
■「局所性多汗症」と「全身性多汗症」
多汗症には大きく分けて、腋や手等、限定された場所のみに汗をかく「局所性多汗症」と、全身各所で汗をかく「全身性多汗症」があります。発症の時期は様々で、思春期前後からなることもあれば、成人期になってから発症することもあります。
「局所性多汗症」は、主に手のひらや足の裏、腋窩等、ある特定の部分から大量の汗が出る症状を指します。原因が特定できない「原発性局所性多汗症」と、外傷や腫瘍等の神経障害による「続発性局所性多汗症」があります。どちらかと言えば「原発性局所性多汗症」の頻度が高く、多汗症を気にされている方のほとんどが、こちらに該当すると思われます。
原発性局所性多汗症の多量の汗の原因は、自律神経の調整が上手くいかないことが挙げられます。家族内で発症することもあるため、遺伝的な要素が疑われています。また精神的なストレスや緊張で悪化することもあります。
「全身性多汗症」は、背中や足、腹部等、全身に多量の汗をかくものです。こちらも特に原因のない「原発性全身性多汗症」と、何らかの病気に伴って症状が出る「続発性全身性多汗症」があります。「続発性全身性多汗症」の原因には甲状腺機能亢進症や低血糖、更年期、褐色細胞腫(腎臓の上にある副腎から発生する腫瘍)、感染症、薬剤(鎮痛剤の一種・オピオイドの離脱症状)等があります。
※更年期にはホットフラッシュと言われ、一時的なほてりにより多量の汗が出ることがありますが、こちらは多汗症とは別のものです。
上記の症例の中でも頻度が高いと言われている「原発性局所性多汗症」は、幼少期ないし思春期頃に発症し、手のひら、足の裏、腋窩に精神的緊張により、多量の発汗がみられます。症状が重い場合、手足はたえず湿っていることもあります。この様に湿った状態が続きますと、手足は表皮がめくれあがったり、かゆみや湿疹が出きやすくなったり、カビや細菌の感染、水虫等を起こしやすくなります。ただ症状の特徴として、日中には汗を多量にかきますが、一方で睡眠中はほとんどかきません。これは睡眠時には交感神経がほとんど働かないことが関係しています。
■原発性局所性多汗症の判断基準
ここで、多汗症の中で一番多い原発性局所性多汗症の判断基準を記しておきます。医学的には原因不明の過剰な局所性の発汗が6ヶ月以上続くことに加えて、以下の6項目中、2項目以上を満たすこととされています。
- 両側性かつ左右対称に多汗がみられる※両方の手のひらや両方足の裏、両方の腋窩等
- 多汗によって日常生活に支障が出ている
- 週に1回以上の頻度で多汗エピソードがみられる
- 25歳未満で発病した
- 家族内に同じ病歴がある
- 睡眠時は局所性の汗がみられない
腋窩多汗症の重症度を判断する基準としては、医療機関での発汗量の測定があります。また、自覚症状から簡単に確認できる以下の方法もあります。
- 発汗は全く気にならず、日常生活にも支障はない
- 発汗は我慢できるが、日常生活に支障がある
- 発汗はほとんど我慢できず、日常生活に頻繁に支障がある
- 発汗は我慢できず、日常生活に支障がある
3と,4は重症の多汗症と判定されます。 2以下に当てはまるようであれば、一度、医者に相談するほうが良いでしょう。
■多汗症の治療方法
前述の自覚症状の判定にもありましたように、日常生活に支障をきたすようであれば、多汗症の治療の対象になります。治療法は原因となる病気の有無によって異なってきます。原因が特定できる場合は、元となる疾患の治療を行うことで症状は改善します。
今回は原因が特定できず、頻度が高い「原発性局所性多汗症」の治療について説明します。
1)塩化アルミニウムの外用薬
塩化アルミニウムで汗腺の穴を防ぐことにより汗の量を減らすものです。手のひら、足の裏に塩化アルミニウムを調合した外用薬を塗ることで、効果が確認されています。さらには腋窩にも有効性が認められています。私のクリニックの患者さんの多くはこの外用薬を処方して改善がみられています。薬の使用頻度は1週間に1,2回で、5日間程は効果が持続します。ただし刺激性があるため、傷がある場所への使用は控えていただきます。また塗ってヒリヒリするようでしたら、使用を中止する必要があります。
2)イオントフォーレンス療法
イオントフォーレンス療法とは、水に浸した皮膚表面に電流を流して、発汗を抑制する方法です。手のひら、足の裏の治療法として、塩化アルミニウムの外用薬と同等に、一般的で有効性が認められています。水を入れた専用の機器に弱い電流を通し、10~15分間、手や足を浸します。電気を通すことで、汗孔(かんこう:汗が排出される出口)がつぶれ、その数が少しずつ減っていくために、汗の量も減っていくと考えられています。痛みもなく治療自体は受けていただきやすいものですが、速効性に乏しく、週に2回の治療が必要です。発汗量の減少とともに治療間隔は延びていきます。治療を中断しますと症状が再発するため、継続する必要があります。
3)抗コリン剤の内服
多汗症の内服薬として、抗コリン剤の効果が期待できます。唯一保険適応があるのは「プロバイサイン®」という薬剤です。自律神経節遮断作用により筋緊張を緩め、多汗の改善をします。内服薬のため、手や足だけでなく頭部等の全身の多汗症の治療が可能です。 ただ効果の程度にはバラツキがあります。また口の渇きや便秘、眠気等の副作用が出る可能性もあります。
4)ボツリヌス毒素の局所注射
治療の第一選択として、外用、内用の薬他の治療を紹介しましたが、それらの治療に効果が見られなかった場合の第二選択の治療として、A型ボツリヌス毒素の局所注射法があります。
ボトックス®という薬剤を聞いたことがある方も多いと思いますが、こちらを用いる治療です。ボトックス®は美容目的で顔の表情ジワの治療にも使われています。皮内または皮下にボトックス®を注射して、交感神経から汗腺への刺激の伝達をブロックすることによって発汗を抑えます。ボツリヌス毒素局所注射方法は、腋窩の重度の局所性多汗症には非常にお勧めしたい治療で、日本でも保険の適用になっています。
方法は、両方の腋窩に約15~20箇所にボトックス®を少量ずつ注射するだけです。多少チクチクした痛みはありますが、数分で治療は終わります。一時的に内出血することもありますが、1~2週間で自然に治りますので心配ありません。
残念ながら手のひら、足の裏は保険の適用にはなっていません。理由は、施術の際の痛み等のコントロール法、重症度に応じた投与単位数にまだ確実な見解が得られていないことが挙げられます。
腋窩の局所性多汗症に対しては、大変よく効く治療ですが、ボトックス®の効果は永久的でないため、効果の持続期間は約4~6ヶ月になります。効果が切れてきますと、再度、治療を繰り返し行う必要があります。
5)内視鏡的胸部神経遮断術(ETS)
手のひらの多汗症にのみ適応する施術で、今までご紹介してきました外用、内用の薬等が効果がない場合に適応する施術です。この治療は手のひらの多汗症に対してほぼ100%有効と言われています。全身麻酔のもと、腋から内視鏡を用い胸部の交感神経を切ったり焼いたりすることで、発汗を抑えるようにします。手術自体は約1時間で済み、安全性も高いものです。しかし術後に胸、背中、お尻等、手のひら以外の部位から異常に汗が多くなる合併症が、ほとんどの方に見られ、患者さんの日常生活に支障をきたすこともあります。
以上、治療を紹介しましたが、患者さんの症状が出る部位や日常生活への支障具合を見極めつつ、治療を選択することになります。多汗症は患者さんの生活の質に大きく係わってくる問題ですので、何に困っていて、どの程度直したいのか、治療法にはどのような副作用があるのか、医者と相談して充分に認識した上で、治療法を選択することが重要です。
■ワキガについて
ワキガは多汗症とは全く異なるものです。こちらは厳密には美容皮膚科の範疇ではありませんが、女性で悩んでおられる方も多いかもしれませので、少しお話しておきます。
ワキガとは腋に特有のニオイを発する状態を指します。主に思春期頃からニオイが気になりだすことが多いです。ワキガそのものは体質的なもので病気ではありません。医学的には腋臭症(えきしゅうしょう)とも呼ばれ、汗を出す汗腺の一種・アポクリン汗腺の組織からでる汗が原因で発生します。汗そのものは無臭なのですが、アポクリン汗腺中の脂肪酸が、皮膚表面に存在する細菌により分解されて生ずる低級脂肪酸が、ニオイの原因と言われています。
もしもニオイが非常に強くご本人も気になる場合は、汗腺層を切除する手術もありますが、傷跡が大きく残ったり、皮膚が壊死する報告もありますので、しっかりと説明を聞いた上で判断されるほうがよいでしょう。
皆様もよくご存知のスプレーや塗るタイプの制汗剤は、ワキガの要因の汗や細菌を抑制し、それなりにニオイを軽減しますので、軽症の場合はこの方法で大丈夫と思います。また腋臭症は汗をかくことでニオイが生じるので、腋窩多汗症の治療である塩化アルミニウムの外用や、ボツリヌス毒素の局所注射もニオイ軽減の効果が期待できます。さらにアポクリン汗腺の開口は毛包にあるため、毛包を破壊するレーザー脱毛も、ある程度は有効的と言われています。最新の情報として、マイクロ波による治療もあります。マイクロ派を皮膚の上から照射し、その熱により汗腺を破壊する治療で、皮膚を切らずに持続的な効果を出せることで注目されています。
一般的に日本を含めアジア人は、欧米人に比べてワキガの方は少ないと言われていますが、日本人は特に、清潔好きでニオイにも敏感なので気にする方が多いようです。欧米では香水を用いてワキガや体臭を紛らわそうとする傾向がありますが、日本人的には賛成しかねます。汗や皮脂のニオイと香料が混ざってより不快なニオイになる可能性が高いからです。
■果たして多汗症は予防できるのか?
今回は多汗症についてお話しましたが、多汗症は防ぐことが出来るのか?という疑問が残ります。多汗症の種類にもよりますが、原因がはっきりと分かっていない原発性の場合、予報は難しいのが現状です。一方の何らかの病気に伴って症状が現れる続発性も、元の病気が予防できるもので無い限り、発病を予防するのは難しいです。ただ、最も多い原発性局所性多汗症に関して1つアドバイスできることがあります。
汗は精神的なストレスやその頻度でより量が増えることが多いため、できるだけリラックスしてストレスを感じにくい生活環境を整えることです。簡単に書きましたが、これこそが現在社会ではとても難しいことですね!
松田七瀬 マエダクリニック勤務 http://maedacl.jp/
経歴 平成17年 大阪市立大学医学部付属病院 初期臨床研究医
平成19年 大阪南医療センター皮膚科
平成20年 大阪府立呼吸器・アレルギー医療センター
平成25年 シロノクリニック 大阪市内皮膚科クリニック等で勤務
所属 日本皮膚科学会認定専門医 日本抗加齢学会専門医
日本皮膚科学会 日本美容皮膚科学会 日本アレルギー学会
日本皮膚アレルギー・接触皮膚炎学会 日本抗加齢医学会